
いつもと違う顔
華やかに装う日々のなかで、ふと手に取った一着のパーカー。
誰かに見せるためではない、少しだけ素の自分に近い顔。
静かな時間のなかで揺れる心を、やわらかく描いた短編です。
けれど、いつもと違う装いに袖を通した瞬間、少しだけ肩の力が抜けていく。
本当と嘘のあわいで揺れながらも、自分を許していく一人の女性の物語。
飾らない時間のなかでだけ、見える顔がある。
それはきっと、嘘でも本当でもなく、今の私そのもの。
「常盤 弥生×着ていなかったパーカー」
電車の窓に映る自分の顔を、なんとなく見つめていた。
今日もちゃんと笑えているか、少しだけ気になって。
誰かに求められることは、嫌いじゃない。
むしろ、その瞬間だけは自分が“ちゃんと必要とされている”気がして、少しだけ楽になる。
でも、終わったあとに残る静けさは、いつも少しだけ重たい。
――これでいいのかな。
答えは出ないまま、また同じような一日が続いていく。
最初に会ったとき、その人はあまり喋らなかった。
無理に距離を詰めてくるわけでもなく、ただ静かにそこにいるだけ。
少し不思議だった。
気を遣わせないように話題を探すのは、いつもなら自分の役目なのに。
その日はなぜか、言葉が少なくても空気が崩れなかった。
帰り際、小さく「ありがとう」と言われた声が、妙に残った。
二度目も、三度目も、同じように静かな時間だった。
でも、その静けさは“気まずい”ものじゃなくて、
ただ隣にいることを許されているような、不思議な安心感だった。
ある日ぽつりと、その人が言った。
「…ちゃんと、頑張ってる人の顔してるよ」
驚いて顔を上げると、目が合って、すぐ逸らされた。
その言葉が、思っていたよりも深く刺さった。
帰りの車の中で、ふとドライバーさんに聞いてみた。
「人って、簡単に変われると思いますか?」
少し間があってから、ミラー越しに優しく笑われる。
「見た目を変えるだけでも、気分はだいぶ変わりますよ。
服装とか、過ごし方とか。意外とそれだけで“別の自分”になれるもんです」
別の自分。
その言葉が、頭の中でゆっくり広がっていった。
次の日、クローゼットを開けたまま、しばらく動けなかった。
いつもの華やかな服。
“ちゃんとした自分”を作るための、大切な鎧。
その奥に、ほとんど着ていないパーカーがあった。
理由もなく、そっと手を伸ばす。
袖を通した瞬間、少しだけ肩の力が抜けた。
鏡に映る自分は、いつもより少しだけ素っ気なくて、
でも、どこか静かで、澄んでいるように見えた。
飾っていないのに、綺麗だと思った。
その人と過ごす時間も、どこか変わった気がした。
無理に何かを演じなくても、
言葉を重ねなくても、ちゃんとそこにいられる。
静かな時間が、こんなにも心地いいなんて、知らなかった。
それでも、明日になればまた違う顔をする。
少し濃いめのメイクをして、
柔らかい言葉を選んで、
本当と嘘を、うまく混ぜながら。
きっと、それも私だ。
どれが本当で、どれが嘘なのか、もうよくわからないけれど。
それでもいいと思えるくらいには、
少しだけ、自分のことを許せるようになってきた。
だから明日も、あなたに会いに行く。
いつもと少しだけ違う顔で。


常盤 弥生さんの雰囲気を、もっと近くで。
作品の中で描かれた、静かでやわらかな時間。
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