
一枚のパジャマ
華やかな時間のあとに、静かな夜が訪れる。
誰かと笑う時間と、ひとりの時間。
どちらも、彼女を形作っている。
そのどちらかだけが本当なのではなく、どちらも今の彼女をつくっている。
静かな夜の温度とともに、自分を少しずつ許していく物語。
飾らない時間のなかで、見える表情がある。
その変化に気づいたとき、物語も少しずつ動き始める。
「一枚のパジャマ」
楽しい時間が、好きだった。
誰かと笑っているときは、ちゃんと自分がそこにいる気がする。
言葉を交わして、少し距離が縮まって、相手の表情がやわらぐ瞬間。
ああ、この時間は本物だと思える。
でも――帰り道、ひとりになると少し寂しくなる。
部屋に戻ると、さっきまでの温度がすっと消えて、
静けさだけが、ゆっくりと広がっていく。
満たされていたはずなのに、どうしてだろう。
自分の輪郭だけが、やけにくっきりと浮かび上がる夜がある。
その感覚に、まだ慣れないまま、同じような日々を繰り返していた。
ある日、何気なく手渡された小さな袋。
「似合いそうだったから」
そう言って笑うその人の顔は、いつもと変わらないのに、
中に入っていたものは少しだけ意外だった。
やわらかい色のパジャマ。
繊細で、どこか落ち着いた、でも少し可愛らしいデザイン。
仕事とは関係のない、完全に“私のためだけのもの”だった。
その夜、何となく袖を通してみる。
鏡に映った自分は、いつもと少し違って見えた。
誰かに見せるための自分でもなく、整えられた顔でもなく、
ただ静かにそこにいるだけの自分。
なのに――少しだけ、嬉しかった。
それから、パジャマを選ぶ時間が好きになった。
シンプルなもの、少し可愛いもの、落ち着いた色、少し華やかなデザイン。
どれも外で着る服とは違うのに、どれもちゃんと、自分にしっくりくる。
クローゼットの中に、“誰にも見せない自分”が少しずつ増えていく。
夜、灯りを落として、お気に入りのパジャマに包まれる時間。
何をするわけでもないのに、その静かな時間が、少しずつ心地よくなっていった。
あのときもらった一着が、きっかけだった。
誰かのためじゃなく、自分のためだけに過ごす時間があってもいいと、 初めて思えた夜だった。
もちろん、外に出ればまた違う顔になる。
少し華やかな服を選んで、丁寧にメイクをして、言葉を選んで、空気を整えて。
楽しい時間を作るための、もうひとつの自分。
どちらが本当かなんて、もう考えなくなった。
誰かと笑う自分も、ひとりでパジャマに袖を通して、少しはしゃいでしまう自分も。
どちらも、ちゃんと“私”だと思えるから。
違う顔をしているようでいて、本当はどこかで繋がっている。
一枚のパジャマが、その境界を少しだけ曖昧にしてくれた。
だから明日も、あなたに会いに行く。
いつもと同じように、でもほんの少しだけ違う顔で。


鮎川 美緒さんの雰囲気を、もっと近くで。
作品の中で描かれた、静かでやわらかな時間。
写真だけでは伝わりきらない魅力を、プロフィールページでもぜひご確認ください。



