鳳条 清花×旋律
(×シリーズ第7回)

メトロポリタンの鼓動を感じながら、私は空に身を委ねる

×(カケル)シリーズ第七弾

鳳条 清花

2020/6/27
筆者:中居
文字数 1343 写真 5 枚

 

技術革命によるコンピューターの普及と情報デジタル化は、私達の生活を凄く便利に一変させました。

音楽もその影響を大いに受けていて、電子音は音楽表現の範囲を広げる新しい方法を確立しました。

しかし違う見方をするとコンピューターは、作曲家が自分自身で機械を用いて音楽を生成することで、聴衆と作曲家の中間地点にいた「演奏家」を取り除いてしまうことすら可能となってしまったのです。

もちろん、電子音と生演奏を共存させることで、他の音楽、言葉、その他日常音を興味深いものへと歪め、変容させて楽しむ音楽としても成り立っています。

そのような現代音楽において
「発展は素晴らしい事です。でもなんだか少し寂しいですね…」
と、溢すのは人の域を越え清らかな空気を纏う鳳条清花さん。

音楽が大好きなご両親の影響で幼い頃から広いリビングに存在していたグランドピアノを始めて触ったその日。
小さな指で押す鍵盤はとても重かったが押した瞬間に部屋中に響き渡る27ヘルツの低いドの音は小さな心臓を揺さぶり心を掴みました。

それからというもの様々な楽器に触れる様になり、学校の必修でヴァイオリンも学び弦楽四重奏など体験として演奏を身体に染み込ませていく日々。
演奏する楽しさはまるで鳥になったように空間と自分が一体になる感覚を覚え、頭でイメージする旋律は湿度を帯びどこまでも自由になれる気がした。そう話す彼女の目は雫の様に澄んでいました。

「楽器は生き物です。触ればその命の鼓動は指や肌に伝わってきます。
楽器と演奏者は信頼関係で結ばれているのでパートナーとの信頼度によって良い音を奏でられるのかが分かれます。」

それは同じ楽器でも演奏する人によって音が変わるという事、
楽器を愛し楽器に愛されるからこそ素敵な音を奏でられ、聴いている人たちの心に届くのだと思いました。

暇さえあれば一人でコンサートやミュージカル、オペラなどを観に行き、鳳条さんなりの楽しみ方があるそうです。

例えば1786年のオペラ「フィガロの結婚」を鑑賞しに行くとしたら、その当時をイメージしてその観衆になりきって鑑賞するそうです。1786年のパリは、フランス革命が起る前で国外の産業革命により財政的危機の局面で国民たちの心の救いがオペラだっただろうと仮定し、その心情で作品を鑑賞する事でより作品の良さや深みを体感でき心から楽しめるそうです。

JAZZもお好きで、マイルス・デイヴィスなどを普段から聴いており家にあるお気に入りのレコード達に針を落とす瞬間そこから曲が流れだすまでの沈黙に、いるはずもない人に思いを馳せて、リラックスタイムを楽しんでいるそうです。

「音楽は人生で、人生は音楽です。」

そう話す彼女の言葉に思考を巡らせていると
去り際に微笑みだけを残して部屋を後にしていきました。

残された私は一人ソファに深く掛け、今回の取材を思い返した。
音楽は人生。人生は音楽。
似てるようで意味がまるで違うこの言葉。

何故その言葉を置いていったのか意図はわからないが

音楽の様に人生には緩急があるが
音楽を奏でる様に人生は自由なのだ。
と勝手に解釈して私も筆を置くとする。

 

鳳条 清花のページはこちら↓

鳳条 清花

鳳条 清花のTwitterはこちら↓