安 ほのみ×ツカノマ
2020.11.4
漏れるため息を吐きつくしたとき、ほんとうの貴女がそこにいる。
安 ほのみ
筆者:佐藤
文字数:1930 写真:7枚
自分らしさを消費して、この街は息をする。
背負ったひとびとの夢をつまみ食いしながら、この世界は舞い踊る。
入れ替わり立ち代わりに次の動力源がやってきて、夢想い手を伸ばし日々を過ごす。
そうやって生活する人々の残像で、この都市はできている。
莫迦みたいに晴れ渡ったソラい蒼が、目に刺さって痛いほどに、
ここ最近、鮮やかな色を見ていないような気がして。
…嘘。ブルーライトなるものは日々目にしていた。
ブルーというのだから、きっとあれは鮮やかなのだろう。
彩りに欠ける景色をこばかにするような青が、頭の上から笑っている。
まだ日光に慣れぬ乾いた瞳をしぱしぱさせながら、見慣れた遊歩道をふらつく。
寒暖の差が、日々歩む足取りを重くさせる。
そういえば、秋の訪れなんて気づかないまま通り過ぎていった。
日本人の詫び寂びとは、季節の移ろいを愉し哀しむものではなかったのか。
ぐろーばる社会の海霧に霞んで、日の丸がボヤついている。
国会議事堂に掛けられた、あんな真っ赤なものではないけれど。
そんなことを思い始めた束の間、
一息。
同卒だったブリキ仕掛けはガソリンを吐きつくしたようで、電車で生まれ故郷へと引き取られていった。
見送るときのぞかせた笑顔は、油が切れていたようでどこかぎこちない。
この道を真っすぐ進めば、果ては有るのだろうか。
そう思い立って自転車をただただ道沿いに漕ぎ進めたあの想い。
同じ気持ちで、スタンドに立ち寄ることなく走らせれば、いずれ。
どうやら感傷は燃料にならない、らしい。
おいしいものを食べなきゃいけないでしょうに。
お茶を挟まなきゃ、のどが渇くでしょうに。
たまには散財しなきゃやってられないでしょうに。
日々の活力とは、そうやって養っていくものでしょう?
二息。
そろそろ潮時だろうか。
潮時の意味も知らないままに、そんな言葉がよく使われていたな、と思い出す。
潮が引いたら、もう満ちないのだろうか、なんて。
日を改めて、って意味じゃないの?なんて。
区画整理された港のきっちりとした景色の中、不釣り合いに見える古びたフェリーと汽笛。
そのぼわんと反響する、間抜けた音がなんだかおもしろく感じた。
波の音はあまり聞こえず、上書き保存された心地いい低排気音だけの世界。
しばらく耳を澄ませていると、その残響にだれかの吐息が混じる。
三息、換気。
自分らしさ、とは何だろう?
具体的には答えられないけれど、自分らしくなさ、なら説明できる。
すすけた灰色が、溜まりに賜った状態、またはその有様。
自分らしさを消費して、この街は息をする。
この街自体は、灰色でも何でもないのにな。
換気というより、換彩がより正しい書き方。
何と読めばいいのだろう。かんさい、あるいはかんしき、かんしょく。
おなかに溜まった灰色を傾け、彩りに満ちた世界に垂れ流して混ぜ合わせ、
そうして一旦かさを減らして、自分らしいと思える色を手ですくって満たしていく。
完全なその色にはならないけれど、ひとまず自分らしさ、っぽくはなる。
今日は戻る道すがら、立ち寄った公園のマーガレット。
それとオレンジがかったスイトピーにマゼンタ気味のルナリア。
この街は、美しい。
灰色を混ぜ込んた景色だからこそ、美しいんだろう。
きっと、誰かの灰色をつまみ食いしたこの景色は、鮮やかで美しい。
矛盾に思えるけれど、私の渇いた瞳には色とりどりの可憐な花々が写っている。
四息、溜息。
少しだけ、職場に戻るのを遅らせようと思った。
もうちょっとだけ、色の入れ替えをしないといけない。
束の間、ちょっとした時間と時間のすきま、公園の脇の素朴なベンチに腰掛け、ふと息を吐く。
リフレッシュ、新しくなるわけではない。ただ状態を元に戻すだけ。
はげかかった塗装が手に刺さり、そっと指をさする。
そう、潮の満ち引きの様に。
潮時は、また周期的に現れるのだから、月の満ち欠けで波打ち際は遠ざかってしまうのだから。
夢をつまみ食いされている代わりに、この世界は延々と廻り続けるのだから。
常緑樹の深緑は、ドライアイには優しくあたたかい。
灰色に塗れる時間がまた始まる。だが、別にそこに否定的な感情がある訳ではない。
束の間を愛せるていどに、まみれて、また取り入れて、そうしてこの街で過ごしていく。
自分らしい、というか。
美しいと思えたこの街に、この世界に少しでも近づいてゆく。
それだけでも、らしくなれると思うから。
束の間が終わる。
そろそろ潮時だろうか。
でもいいのだ。また日を改めるだけなのだから。
潮が満ちて、月が欠けて。引いて、月が満ちて、満ちて。
そうやって、灰色を垂らした美しい世界が、今日も廻っている。
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